ひとまず、メールマガジン風のブログという形式で書いてみようと思います。

素性も知らない相手の話を聞くというのは抵抗があるかと思いますので、略歴を紹介します。
私は福岡県南部、うきは市の生まれで、
北には雄大な筑後川(ちくごがわ)が流れ、
南には耳納連山(みのうれんざん)がそびえる自然豊かな町に生まれ、
24年間この町で過ごしてきました。

初めてパソコンに触れたのは、1998年、私が10歳で小学4年生の頃です。
小学校にパソコン室が設置され、当時としてはまだ珍しかったWindows95のパソコンが導入されました。
私は幼少の頃から機械いじりが好きで、廃品のビデオデッキやワープロを拾ってきては修理して使うというメカニックな少年でした。
そんな私ですので、もちろんパソコンにも強い興味を示し、パソコンに触れられる時間はあまり多くありませんでしたが、人一倍パソコンを使っていたと記憶しています。

中学校に入ると、部活動があります。
もちろん入学前から決めていました。私の中学にはパソコン部というものはなく、
実質パソコンを使っているのは科学部でしたので、科学部に入部しました。
放課後は下校時刻までずっとパソコンを触っていいことになっていたので、
すぐパソコン室に駆け込む毎日でした。
この時使っていたパソコンが、NECのPC-98という、Windowsが発売されるずっと前の機種で、
真っ黒な画面にコマンド(命令)を打ち込んでいくというものでした。
N88-BasicやMS-DOSというと懐かしく感じる方もいるのではないかと思います。

入学から1年ほど経つと、入学時から建設されていた新校舎が完成し、
新しいパソコン室にWindows2000の機械が40台導入され、
当時、一般家庭用には提供されていなかった光ファイバーの専用線による
高速インターネットも敷設されました。

それまでは、パソコンに最初から入っているアプリケーション(ソフト)を使うことしか出来なかったものが、インターネットで世界中とつながり、知識の幅を飛躍的に伸ばすきっかけとなりました。
この頃出会った友人が、HDDやCPU等のパーツを単品で買って1台のパソコンを組み立てる、
いわゆる「自作パソコン」というものを教えてくれて、練習用にお下がりのパソコンまでくれました。
この友人のお陰で今の私が居るといっても過言ではないと思っています。
(余談ですが、その友人は有名なRAMメモリーの回路設計部門に就職しました。)

高校は、機械工学系を専攻したかったので、国立の高専に行きたかったのですが、
経済的にあまり余裕がなかったので、就職に強い隣県の商業系高校に行きました。
この選択は、今でも後悔しています。
進学校に行き、学費を自分で工面してでも大学に入るべきであったと悔やみます。

しかし、過ぎたことは悔やんでも仕方ありません。
就職して、社会の厳しさを経験し、6年間働いてきました。
(これ以上言うと身元がバレかねないので割愛しますが)自腹を切る金額が年々増え、生活が厳しくなったのでこれ以上は続けられないと思い、一念発起して福岡テクノワールドの開業をしました。

ここまでが生い立ちから現在までの略歴となります。
長くなってしまいましたが、ここまで読んでいただきありがとうございます。